西表島の生物的自然
山奥から流れ出す浦内川は、上流ではマリユドゥの滝などの多くの景勝地と、下流の汽水域では広大なマングローブ林を形成する。その他にも海岸線の河口や内湾には多くの場所でマングローブ林が発達する。なお、日本産のマングローブ植物7種がすべて分布するのは西表島だけである。立派な板根を形成するサキシマスオウノキもここで見られる。内陸はイタジイやウラジロガシを中心とする森林に覆われている。
特別天然記念物のカンムリワシ、イリオモテヤマネコ、天然記念物のセマルハコガメ、キシノウエトカゲ、サキシマハブなど、珍しい動植物の宝庫である。また、10,386haが西表石垣国立公園の特別地域に指定されており、そのうち浦内川の源流部が特別保護地区(1,786ha)である。島の森林地域のうち約3841haが国指定西表鳥獣保護区(希少鳥獣生息地)に指定されており、そのうち2306haが特別保護地区である。これはイリオモテヤマネコやヨナクニカラスバト等の希少な野生鳥獣の保全を目的としている。
熱帯系の生物が多く、熱帯域の植物でミミモチシダ、ニッパヤシなどはこの島が北限になっている。八重山諸島に固有の動植物も数多い。イリオモテヤマネコのように西表島固有のものはあるが、多くは石垣島など他の八重山諸島の島々と共通である。
マラリア発生地であったため、定住することが困難であり、古くからの集落はごく少ない。古見・祖納集落が例外といえるくらいで、特に古見は古見間切の主邑で1678年には造船所が置かれ、明和年間(1764年~1772年)には一時800人を数えるくらいだったという。だが明和の大津波やマラリア流行で人口激減、衰退したため全体として困難な状況は続いていた。琉球王朝時代には何度か強制移民が行なわれたが、ほとんど失敗している。また、明治19年(1886年)、三井物産会社は炭鉱採掘の許可を受け、坑夫 200余名に採掘させたが、3年間で100余名の死者を出し、残り過半もマラリアに罹患し、そのため同22年(1889年)に事業を休止した。その後も開発は進まず、人口希薄の状態が続いた(大正8年頃の総人口:2889人)。大正末期から昭和初期にかけて、北部内離地区に西表炭坑が開かれ、一時はかなり発展したが、第二次世界大戦中に次第に衰退した。第二次世界大戦末期に、石垣島や波照間島の住民が強制的にこの地域に疎開を命じられ、この地で多くの住民がマラリアにかかり死亡した。これを戦争マラリアとよんでいる。これらのことより開発が遅れ、結果として豊かな自然が残ることになった。なお、マラリアは現在では撲滅された。
『ウィキペディア(Wikipedia)』引用
西表島の自然は大変豊かなんですね。
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